画面を見ながらスーパーチャットを読み上げて、今日も雑談を見に来てくれたリスナーに挨拶をする。
「今日はこの辺で終わります。こんな時間まで、みんなありがとね。まぁたね、ばいばいっ」
話しすぎて少しかすれた声でそう言うと、俺は画面を待機画面にして配信を終了した。
OBSを切って、ディスコードの画面をチェックすると、あたなるサーバーには、何人かいるようだった。
「お疲れっすー」
俺が上がると、「二代目配信終わり~?」「おつかれー」と声が返ってくる。
「少し声がかすれてんね」
「そうなんよ、今日はちょっと盛り上がってさ」
「あー、聞いてた。二代目さん、すげー笑ってた」
「ちょっと今日は頑張っちゃったよ~」
いつでも、ここには誰かしらいて、それが当たり前になっていて、俺は恵まれているなぁと思う。
「今さぁ、例のアレの作業してんの。ちょっと進捗見てよ」
全体での大型企画配信の作業をしているぜろつーが声をかけてくる。
「あー、いいよ、共有して」
「うん」
アイコンを見ると、声はしないけど上がっているメンバーはほかにもいる。みんなそれぞれ作業をしているんだろう。
他愛もない話をしながら、ぜろつーの作業にアドバイスをしていると、メンバーの顔触れが変わっていて、ちょっとおかしい。
「あれ、参謀がログインした!」
「マジか!だいぶ寝てたなぁ」
「いやさすがに、途中起きたでしょ」
「どうかなぁ・・・」
話題に出している参謀がぴろりんと上がってきた。
「お疲れ~」
「参謀~枠を取れ!プリキュア以外にも配信をしろ!」
上がってきたとたんりゅーじくんが参謀に小言を言っている。
「明日、ゲームは毎日してるのに」と、れおんくん。
「参謀推しの子たち待ってるよ絶対」と、すりっぷさん。
「雑談でもいいんだからさ」と、ぜろつーくん。
「うるさいなぁ・・・そっちはそっちで真面目に作業してなよ、俺のことは気にせずにさぁ!」
参謀が不満そうにキャンキャン言っている。
「まぁ、参謀にはたる部があるからな」
「座組2人で始まるたる部な」
すりっぷさんの声に俺はすかさずつっこむ。
俺とすりっぷさんと参謀は、あたなるたるたる部として、FPSゲームを主にコラボ配信を行っている。
が。
参謀が遅刻する確率が高すぎて、もはやお約束となりつつある。
「あああー、ほんとすみません」
「目覚まし時計、買った?買うって言ってたよね?」
「・・・まぁ、それはいいじゃないですか」
「これは買ってないわ」
「俺の審美眼にかなう目覚まし時計がなくて・・・」
「おい~どんなんでもいいだろ、起きられれば!」
「いや、でも、やっぱりどういうインテリアを置くかって重要じゃないですか!」
参謀が口をとがらして反論しているのが目に浮かぶ。だが、二代目さんはそんな参謀の味方だぞ。
「そうだよな!インテリアは重要だ。やっぱりセンスあるものを置きたいよな!」
「二代目ぇ~~~」
そんなコントのような茶番を繰り広げていると、コーヒーを入れて戻ってきたれおんくんがそうだ、と声を上げる。
「ガチャ配信でもいいんじゃない?最近してないの?そんなわけないよね?」
「まぁ、ガチャはしてるけど、なんか、リスナーに引かれ気味っていうか、そういう空気をなんとなく感じてさぁ、やりずらいんだよ」
「でも俺参謀くんのガチャ配信好きだけどなぁ、いくらツッコむかマジで毎回期待してる。あれ見ると、俺もやってみたいって思うんだよね、やらないけど」
「あ、俺むしろカズさんのガチャが見てみたいっすね。馬鹿みたいに引くて20分くらいで終わりそう」
「あー、カズくんの豪運だとそうなりそう!」
参謀のぼやきに、カズにぃが声をかけ、ぜろつーくんが乗ってきた。
「カズさんのガチャ見たいのは同じだけど、見たら凹みそうだからやめてほしい」
「無意識に煽るからね、この人。え、すぐ出たけど。俺も課金してみたかったのに!とか言ってさ」
俺がそう言うとみんなが噴き出すように笑った。カズにぃだけが「えー?そうかなぁ?でもだいたい課金しないと出ないんでしょ?じゃあ俺も課金しなきゃ出ないよ」なんて言ってる。
「そう言って、出すのがあんたなんだよ!」
思わずそう突っ込むと、今度は耳がぐわんとなるほどの笑い声が響いてきた。
耳に残る笑い声と、遠くでカタカタ鳴るキーボードの音。 それだけで、この夜がどれだけ安心できるものかを思い知る。 “ああ、俺、こういう空気が好きだな”とぼんやり思った。
「あ、二代目さん、今度のサンカラコラボなんだけどさあ」
ひとしきり笑いの波が引いた後、カズにぃが声をかけてきた。
「あ、歌枠?」
「うん、その予定だけど」
「ねぇ、思い切って3Dライブにしようぜ」
「あんなこと言うんですよ、ぜろつーさん、どう思います?簡単に3Dライブって言いだすんすよ」
俺がぜろつーくんにそうぼやくと、少しの沈黙の後、ぜろつーが「いんじゃないっすか?」と、全く興味のなさそうな声音で返してきた。
「あのくらい強引にカズさんが引っ張らないと二代目さん、本気で家出ないじゃん」
「うぐぅ」
痛いところを突かれて、変な声が出た。
ほうぼうから「二代目少しは外に出ろ」と声が飛ぶ。
「いいんです~~~~~俺は家が大好きなんです~~~~~」
俺がそう返すと、ぜろつーがそうだ!と声を上げた。
「じゃあ、俺と3Dライブやりましょうよ」
「じゃあの意味わかんないよね??それ!」
「いや、二代目は俺と3Dライブやるんだよ」
「お、二代目今年後半は大忙しだなぁ!あははっ」
「二代目死んじゃうんじゃん?」
みんな口々に茶化してくる。ぐぬぬっと思っていると、カズにぃから一際大きな声が発せられた。
「じゃあ!!サンカラは現地ライブしよう!な!二代目さん、現地ライブ!!したいよね!!現地ライブ!!!!」
カズにぃは本当に歌が好きで、俺も好きだけど、カズにぃの熱量には敗ける。本当はそれを悔しいと思いたいけど、カズにぃの歌は俺も好きだから、もっと聞きたいと思う。
だけどそれとこれとは話は別だ。
「いや~現地ライブはねぇ~う~ん、まぁそのうち、できるようなら、ね?まぁ、そのうちですよ」
「それ絶対やらないやつじゃん!」
「そーんなことはないですよ」
ぎゃいぎゃいと軽口をたたいていたカズにぃも、歌枠の打ち合わせを始めると真面目な顔になる。何を歌うのか、どういう感じのライブにしたいのか、思いつくままに意見を上げていく。
「二代目、参謀もいるし、あとで、次の配信でやるゲーム決めよ」
すりっぷさんに声をかけられ、オッケーと返事を返し、カズにぃと作業の分担を確認して打ち合わせを終えた。
「そういえばりゅーじは?いつの間にか落ちてるけど」
「たぶん部屋でVRやってんじゃない?さっきキッチン行ったらコンビニの袋あったから」
「そうかー。VRやってるならこっちには戻ってこねーな。ちょっと確認したいことあったんだけど」
「あー、チャット送っとけば?そのうち見るでしょ」
「俺そろそろ限界なんで、寝る。和泉さんによろしく言っといて」
「お、もう和泉さんが上がってくる頃か・・・」
「よく続いてるよなぁ朝配信」
「じゃあ今日の作業はこの辺にしとくか。俺も寝ますわ。明日はスシハンの動画撮りあるからさぁ」
「おう、お疲れ」
カズにぃとぜろつーくんが落ちていく。
「参謀~すりっぷさーん、おまたせおまたせ」
3人でたる部のチャットに移動して次のゲームの打ち合わせをする。3人とも視点を取ることに決めて、日時のすり合わせをする。
「さんぼが起きれる時間にしよな」
「あざっす」
「もう2人の座組は飽きたんでね。きっちり30分前に来てくださいよ、参謀さん」
「とっ、当然ですよ」
「どの口がっ!」
他愛もない雑談をしていると、和泉ニキが上がってきたのが見えたから、また3人であたなるの方へ移動する。
「おはよ~和泉ニキ」
「おはよ、今日も眠いねぇ」
「お勤めご苦労様です」
「お勤め!」
朝配信に備えて上がってきた和泉ニキと話をしているときに、一瞬視界がぶれたように感じた。
「なに?今の・・・疲れてんのかな」
「どうした?」
「いや、別に何でもない」
目をぱちぱちと瞬いて、PCの画面をもう一度見る。特に変なところはない。
「ん、なんか目が疲れてるみたい。目薬さすわ。ついでにぷくいち決めてこようかな」
「いってら」
「おー」
椅子から立ち上がり部屋を出る。
リビングにはカーテンの隙間から薄い光がさしてきて、夜が明けてきているのがわかる
「あー」
キッチンの換気扇下で一つ伸びをして俺はタバコに火をつけた。
たんたんと階段を下りてくる音がして、りゅーじくんが顔を出す。
「あれ、二代目まだ起きてたんだ」
「あ、おはようりゅーじくん。ちょっと作業をね。今度の歌枠の」
「あぁ、サンカラの?」
「そう。カズにぃ、3Dライブにしようって毎回言うの」
「ありがたいことじゃない。人並みの生活をさせてあげたいというカズくんの優しさよ」
りゅーじくんはそう言って笑って、テーブルに置かれたコンビニ袋を持ち上げる。
「これ、食べていいよ。買ってきといた」
「ありがと、置いといて」
「うん、冷蔵庫からお茶取って」
「ん」
同じ家に住んでいるのに、りゅーじくんと顔を合わせるのは稀だ。
「もう寝んの?」
「もう少ししたら寝る、なんかさっき立ち眩み?みたいなのあったからさ」
「え、大丈夫?水分とって、ちゃんとご飯も食べなよ。駄菓子ばっかじゃなくてさ」
「努力はします」
「これ絶対やらないやつだ」
「ははっ」
たばこを吸い終わる前にりゅーじくんは自室へ戻っていった。
「ただいまー」
「おかえりー」
パソコンの前に座り、ぱちんと割り箸を割る。
「あ、二代目何食ってんの?」
「りゅーじくんが買ってきてくれてた焼肉弁当」
「この時間に・・・・」
「俺昨日まともに飯食ったの昼だからさ、問題ない」
「問題ある気がするけど、まぁ食わないよりいいのか」
「はっはっは、うらやましいか、諸君」
「誰もそんなこと言ってない」
たれが染み込んだご飯を肉と一緒に口に放り込み、もぐもぐしながらひとつひとつソフトを落としていく。
「俺これ食ったら寝るね」
「おお、お休み~」
「俺はもう少し作業かな~~~終わんね~~~~」
れおんくんが吠えるようにそう言う。遠くでははっと笑う和泉ニキとすりっぷさんの声がした。参謀も何か言っている。
「みんな一緒よ、それ」
俺はそうつぶやきため息をつく。
「でも、やんなきゃだよなぁ」
「作業はきついけど、やってるときは楽しいし、終わった後は達成感半端ないしね」
「俺今回3つ企画持ってるんだ。うまく回せる自信がねぇ」
「いや、参謀、回すのうまくなってきてるし、大丈夫だって」
「ありがとう」
そんな話をしつつ焼肉弁当を食べ終わり、かたかたとイヤホンから聞こえてくるキーボードの音を聞きながら、作業用フォルダを一つ一つ落としていく。
大型企画配信前の作業はほんとに終わりが来ないと思うほど大変だ。だけど、ここに上がれば、だれかが、いる。一人じゃないと思える。困ったら相談できる。くだらないことで笑いあえる。調子が悪ければ心配してくれる。
「・・・しあわせやんな」
ぽろりと口から飛び出た言葉に自分でびっくりする。やべっという間もなく、イヤホンを通して茶化す声がしてきた。
「二代目はドMか」
「作業が詰めてたほうが幸せか」
「よし俺のを分けてやるよ」
爆笑しながら、半分本気な様子でいろいろな声が聞こえる。
「だから、俺が言いたいのは!焼肉最高、焼肉弁当うまい!こんな時間に食う焼肉弁当があってしあわせだってことでだね!けして、作業山積みが好きなわけじゃない」
苦しい言い訳をしながらそれでも俺は、しあわせなんよな、と思った。
その時。
キンと耳に金属音が飛びこんできて、視界がぐにゃりとゆがんだ。
「え?え?」
ぐわんぐわんと何かが頭の中で鳴り響いている。
「え、なに、こわっ、え?」
視界が完全に閉じて、身体が浮遊感に包まれた。
それが、俺の最後の記憶、だった。