頬を風が撫でていく。心地よい風に吹かれて、俺はどこかふわふわとした気分だった。
(あれ?ディスコ、切ったっけ?)
そんなことを思いながら寝返りを打つ。
(いたっ。かたっ。え、すげぇ堅いんだけど……ベッドじゃねぇの?床?)
肩が痛い。俺はううっとしかめ面になって、ぐっと瞼を押し上げた。 うっすら見えた風景は――緑の森だった。
(いや、夢の中で夢を見るんじゃないよ)
自分に突っ込みつつ、もう一度眠い瞼を押し上げた。
頬を撫でるさわやかな風。 少し遠くには緑豊かな森。 俺が寝てるのは、草の生えた乾いた土の上。子供のころ嗅いだ記憶のある土の匂いがする。
「……は?」
ぱちぱちとまばたきをして、ゆっくりと体を起こす。 堅い大地の上で寝ていたらしい俺の体は、ミシミシと悲しい音を立てた。
「え、嘘でしょ?なにここ?どこ?え?」
きょろきょろとあたりを見回し、首を傾げ、もう一度土の上にごろんと横になる。 目を閉じて、十数えてから、またゆっくりと開く。
「変わんないんだけど? え?マジ?なにこれ!りゅーじくーん、俺のこと殴って起こしてーーーー!」
大きな声で、2階にいるであろうりゅーじくんを呼ぶ。 だけど、どこか冷静なもう一人の自分が「いや、こねぇだろ」と呟いている。
だって――。
目の前には、結構大きな塀があるんだもん。 これはだいぶ立派なお屋敷の塀だな。 いや? だいぶ遠くまで塀が続いている。 しかもなんか、なんか……塀というよりも城壁という方がしっくりくる。 あれ、多分、上に通路があるタイプの壁だと思うんだよね・・・。
「夢、だと思うんだけど。いや、夢じゃなきゃまずいんだけどさぁ、99パー夢だと思うけども、でも、この感じ、あれじゃない? 異世界転生じゃない?」
そうつぶやいた瞬間、むくりむくりと期待感が頭をもたげる。
「やっべ。夢でもいいわ。二代目さんの異世界転生ドリーム、始まっちゃう感じ??」
夢なのか、現実に転生しちゃってるのか、まぁ夢に決まってるけど、ワンチャン現実の可能性もある。この先知らない世界で苦難が待っているかもしれない。 けれど――数多の転生物を読んできた二代目さんに死角はない! ・・・はず。
そう思いながら、俺は草の上に両手を広げて寝ころんだ。 空の青は、北海道で見上げていた空と同じくらい、青く澄んでいた。
「やっばい、テンション、上がるぅ!」
――だけど、俺はまだ知らなかった。 この“夢”が、どれほど長いものになるのかを。
「さて、とりあえずは、ここがどこで・・・ふふっ。俺にどんなスキルがあって、どんなチートがあるのか、まずはそれを確認せねばならん」
立ち上がり、尻についた草をはたき落として。足元が目に入りうわぁと思わず声が出た。
「足元スリッパかよ、これで歩くの無理ゲーじゃん」
まぁ、これで転生してしまったのなら仕方がない、とあきらめて、俺は塀を見上げる。
「いや、これはやっぱり城壁か?・・・てことは、中世ファンタジーみたいな感じか。やべ、好みど真ん中じゃん」
とりあえず入り口を探して、塀の――いや、城壁の周りを歩いていくことにした。城壁に沿うように石造りの堀があり、水が流れている。異世界好きとしてはテンションあがるだろ、これは。
「いや〜夢に決まってるけど、いい夢だわ。次の配信で話すネタできたね。これは勝ち組よ。目が覚めるまで、しっかり満喫しないとな〜」
などと、自分の記憶力のポンさ加減を棚に上げて、うきうきと歩を進める。
そのとき――。
ガチャガチャと金属音と足音がして、鎧に身を固めた兵士たちに取り囲まれた。
「何者だ!」
「え?あ、僕ですか?僕は―――」
……あれ、言葉が通じてる。 あ、そっか。夢だもんね。都合よくできてるよね。もしくは主人公チートか。
「怪しいものじゃないです!二代目さんです!二代目赤です!!」
両腕をつかまれているのに、のんきにそんなことを言っている自分に、(あやしさMAXだろ!二代目さんって、誰がわかるんだよ!)と心の中でツッコミを入れた。
連れていかれた先は、大きな――それはもう大きくて重厚な門をくぐった先にある事務所のような場所だった。 大きな跳ね橋が門の前に設えてあってそれを渡っていく。か、かっこいい~~~!
城壁は石造りで重厚、門の内側にはホールがあって、そこに関所のように区切られた検問所があり、そこで身分証?のようなものを提示している人がたくさんいた。 そんな人たちにひそひそされながら通り抜けるのは、正直かなり恥ずかしかった。俺、部屋着!スリッパ!やべぇ、HP削れるぅ。
狭い部屋に入れられて、椅子に座るよう促された。 手ひどいことはされないようだ――よかった。 俺、勝てないよ・・・こんな屈強な人たちには。いや、意外とやれるかもしれないけどね!
目の前に座った事務官?みたいな男が俺に話しかけてきた。
「で、君は誰だ?どこから来た?」
胡散臭そうにじろじろと見られる。
まぁ、確かにそうだ。 俺は今、上はグレーのTシャツにユニクロのチノパン、もこもこしたカーディガン。 手首にはじゃらじゃらいろんなもんが付いてるし、ネックレスも、指輪も何個かはめてる。 足元に至ってはスリッパだ。 ……だって、寝る前だったんだ。しょうがねぇだろ。
「えぇと、僕は、ここじゃない世界から来ました。信じてもらえるかはわからないですが・・・」
俺がおずおずとそう言うと、目の前に座った役人みたいな人がふんとうなずいた。
「なるほど、転生者か」
俺はその言葉に目をむく。
「てっ!転生者をご存じなんですか??」
思わず立ち上がって叫んでしまった僕を責めないでほしい。だって、転生者がポピュラーな世界なんて、競争率が高そうじゃないか!希少性って大事よ?ちやほやされるかされないかって、やっぱり大きいじゃない!
「いや、数年に1回あるかないかだが、俺が転生者に会うのは初めてだ。俺は王都警備局の文官、チェリトリだ。君は―――二代目?二代目赤だったかな?」
「え、あ、はい、そうです」
「記録によると、転生者はこの地に馴染めずならず者になるケースも多いのだそうだ。なので、転生者の保護プログラムというものがあって、今から中央省に連れて行くから、そこで説明を受けてくれ」
「転 生 者 保 護 プ ロ グ ラ ム !!!」
俺はまたもや興奮を隠せず叫んでしまった。もちろん立ち上がりもした。
これあれだよ!!
転生者保護プログラムの説明の時に、魔力量とか、スキルとか、いろいろ調べられて登録して、「あなたは素晴らしい能力を持ってるのね」とか言われて、これ以上ないいい気分を味わえるやつだ!
はっと我に返ると、チェリトリ・・・さんが俺を見て笑っている。
「元気がいいね、君はとても気持ちのいい青年のようだ。ならず者になるとは思えない。ようこそ、テリワース王国へ。困ったことがあったら頼ってくれ」
チェリトリ・・・なんていいやつなんだ!遠慮なく頼りにさせてもらうよ!
「できるだけ、お手を煩わせないようにしますが・・・困ったときはよろしくお願いしまっす」
そう言って、チェリトリに頭を下げた。
―――まぁ、少しね、盛りましたよ。やっぱりね、初対面のイメージって大事。なんたって俺、城壁の外でひっくり返ってた異世界人だからね。部屋着を着てうろちょろしてて、しかも足元はスリッパ。今のところ心証は低空飛行よ。ここでの生活を安全なものにするためには、周りを利用していかないといけない。これ、二代目さん流異世界生活の基本ね。
いや、だってさ、ドラクエであれ、7Days to Dieであれ、マイクラであれ、この手のゲームの基本は略奪よ。ずかずかと市民や村民の家に入り込んで「お、ラッキー」とか言って物資を集めていくんだからさ。そうそう目くじらを立てなさんな。別に悪人になるつもりはないよ、ただ、ただね?生きていくためには必要だっていう話なの。もし、チェリトリを殺さないと現実に帰れないって言われたら、殺すでしょ?そういうことですよ。
チェリトリに連れられて城壁から出る。
そこには、自分が読んできた異世界転生ものの世界と、俺が知っている現代社会が融合したような街だった。
「うわ、高っ」
遠くに高層ビル群のような高い建造物が並んでいる。
「すごいでしょう。テリワース王国の王都、ここヴァルティは周辺国の中でも一番素晴らしい街なんです!あのビル群は中央省で、国の主要な機関が集まっています。二代目のいた世界はどうでしたか?」
言外に「うちの方がすごいだろ?」とにじませているチェリトリに、俺は営業スマイルで答える。
「すごいですね!俺が住んでいたところなんて、掘っ立て小屋ですよ!すごく狭くて、夏はもう蒸し風呂のようになって、生きてるだけで褒められてもいいような・・・!うわぁ、僕、こんな素晴らしい街に来られて、幸せだなぁ!」
頭に自作の防音室を思い浮かべながら適当にした返事に、チェリトリの機嫌は明らかに上向きになった。
「そうか!君は大変なところで生きていたんだなぁ。二代目、腹は減ってないか?」
周りを見回すと、かわいらしいお店の店先から甘くていい匂いが漂っていた。
「あー、そういえば、・・・いや、そんなに減ってないかな」
寝る前に焼き肉弁当食ったしな。
「・・・そうか。ヴァルティには旨いものもたくさんあるんだよ・・・!また今度、ごちそうしてやるよ」
目に見えて声のトーンが下がったチェリトリは角を曲がったところで急に立ち止まる。
「中央省に行くにはここからケーブルウェイに乗るぞ」
「ケーブルウェイ?」
「あぁ」
チェリトリが見上げた先を見てみると、相当高いところに丸いものがあり、確かに何かのケーブルがつながっているのが見える。
・・・まさか、ジップラインみたいにしゅーって行くのか?やべぇ!おもろい!
マイクラでいう水流エレベーターみたいなサイズの塔?に入るとふわりと体が浮き上がりすごい勢いで上がっていく。
「うっわ、うっわ、まじか!」
ぐんぐん上っていく感じ。エレベーターなんて比較にならないほどのスピード感。自分でも変だなって思うけど、俺はここで、改めて異世界に来たんだって思った。せっまい塔の中を上がっていく途中で。景色が見えるわけでもない、見えるのはびゅんびゅん過ぎていく建物の内側、茶色いレンガだけなんだけどね。
徐々にスピードが緩んでいくのを感じた。上を見ると光が見える。到着が近いらしい。
ひゅんと塔の先頭に飛び出して、この街の全貌が見えた。
あまりにも美しく、俺の想像を上回る、創造上の世界。
「はわわ・・・!」
思わずそんなつぶやきが口から零れ落ちた。
「やばい、好みすぎる。なんなの、俺の夢、やっぱり最高じゃん」
頭の中で、異世界転生もののオープニングが流れ始めた気がする。もちろん、主人公は、二代目赤!配信終わりにPC切ったら異世界に来てました、なんて、完璧じゃん。
そんなことを考えていると、ストンと床の上に着地した。
「二代目さん、こちらですよ。中央省までのホットラインです」
チェリトリが身分証をタッチ端末にかざしていた。
すると、ちかちかと透明のチューブが光る。
「ケーブルウェイでいいかな?」
「ん?」
「あぁ、そうか、説明が必要だな。ホットラインは小型のエグモビルか、このワイヤーを選べるんだ。エグモビルは複数人で移動するときに便利だが、ルートによっては時間がかかる。ワイヤーだと一人で専用のケーブルウェイを使うから早いんだ」
「はーなるほど」
ところどころ走っている丸い乗り物がエグモビルか。その上を張り巡らされているケーブルにぶら下がっている人がいるが、あれがワイヤーで移動している人ってことか。
おもろ。
「ケーブルウェイで大丈夫です」
俺は元気よくそう言った。
チェリトリが端末を操作していると、足を引っかけるタイプのワイヤーロープが2本出てきて、体に命綱を巻き付けるよう指示される。チェリトリのベルトにはワイヤーロープを固定する金具がついている。あれ、いいな。俺も欲しい。かっこいいし、こんなぐるぐるにロープ巻くのは嫌だ、かっこわるい。
「ルートは、インプットされているからただ落ちないようにロープに乗ってろ」
「りょーかいっ」
俺は足をロープに差し入れ、ぐっとロープを握りしめた。その瞬間シューっと動き始める。
「わっ、や、すげースピードだぁ!!ほーぅ」
本当に空を飛んでいるみたい。
あー、この気持ちをだれかと共有したい!と強く思った。
あたなるのメンバーはもちろん、リスナーのみんなにも。
「俺、こんなことがあったんだぜ~」と、話せる場所があるって、大事な事なんだなって思った。
いや、しんみりしている場合じゃない。とりあえず、俺は主人公だ。バシッと異世界で魔王を討伐して、現実社会に凱旋せねば。
中央省のケーブルウェイの駅に降り立ち、チェリトリの後について行く。すれ違う職員?らしき人たちは制服なんだろうかっちりとしたしゃれた服を着ている。高級ホテルの制服みたいなやつ。女性もパンツなんだな、さっそうとしていてかっこよく見える。そうすると逆に周りの視線が気になってくる。や、やっぱりパジャマ代わりのTシャツとチノパンじゃだめ?でもこれ、結構いいところのよ?和泉ニキのジャージよりはだいぶましだと思うけど!
それにこのカーディガン!これ肌触り最高なんだからね。しかもすんげぇあったかい。ポッケもついててさ。ポッケにはスマホも入って・・・ここじゃあ何の役にも立たねぇけど。
いや、ワンチャン、このスマホでチート発動とか、なくもない?このままいけば、能力開放イベント間違いなしだし。
テンション上がるっ、やべ、俺どんなチートあんだろ。
一瞬で最強になるのも悪くないかもだけど、成長系の能力の方が楽しめるかな。
あ、経験値が10倍で増えるから、ランクアップし放題!的な?異世界転生ギフトとかで予知能力とか、時間を止めるとか、できたり?
そういうの、期待しちゃいますねぇ。
チェリトリの隣で壁に背を預けて、「市民課」の中を見渡した。まぁ、日本の市庁舎とは全然違うね。俺の読んできた異世界ものの役場とかギルドとかともなんか違う感じだけど。
さっきの移動手段もだけどさ、なんかある一部分が突出してハイテクなんだよね。だって、道は石畳だし、馬車走ってたし、高層ビルあるけど、基本レンガとか石とかで、鉄筋コンクリートとかあんまりない感じ。
なのに、ケーブルウェイだ、エグモビルだ、よくわからない端末の並んだオフィスとか。
はい、ここ重要ですよ!テストに出ます。“よくわからない端末”。いいですかー。“よくわからない端末”ですよ!つまり、これが、いわゆるチートとかレベルとか、能力を調べるやつですよ!!
俺は興奮を抑えるようにふぅと息をついて、ポケットに手を入れた。
「あれ?」
左のポッケに何か固いものが入ってる。
「なんだ?」
わしわしとポケットの中で触っていると、ダイヤモンドフィットする場所があった。これは、あれだ。俺の愛用している―――ワイヤレスマウス。
なぜだ。なぜ俺はワイヤレスマウスを持っているんだ。がっくりと頭を垂れると、足元が視界に入る。
「すりっぱ・・・」
ていうかよくジップラインで落ちなかったな!!そんなことある?スリッパでジップライン乗って、スリッパ生きてるってある??
まぁ、ここにあるんだから仕方ない・・・。認めるとするか・・・。
お出かけするときは、気合を入れて身だしなみを整える俺としては・・・このいでたちは我慢ならん。後でここのお役人さんに服貰おう。保護プログラムかなにかで、服ぐらい貰えんだろ。
「お名前はどうされますか?」
カウンターに座って受付の女性と向かい合う。
「名前?」
「はい、転生者登録証と市民登録のために、名前が必要でして、転生されてきた方は結構好きな名前を付けたいと言われることがあるので・・・」
「え、そうなんですか?」
「はい、ですので、今、登録する今でしたら、お好きな名前で登録できますよ。それ以降は変更することはできません」
「なるほど」
俺は少し考える。悠夕夜赤で登録する?それとも妄想ドリーム爆発の名前を付けるか。いや、やっぱりこのままが一番いい。
「二代目、赤で、お願いします」
「かしこまりました」
お姉さんが手元の端末にどんどん入力しながらいろいろな質問をしてくる。身長体重、全身スキャン検査(なんか血液検査とかレントゲンとかCTとかMRIとか全部ひっくるめた検査っぽい!)を終わらせると、2時間ほどが経過していた。
またカウンターに戻り登録証の説明を受けている時に、ふと思いついて聞いてみた。
「そういえば、転生者って結構いるものなんですか?」
「そうですね、昔から結構ありますね。一番古い記録だと150年位前だったかと思います。最近は結構多い印象ですね。一年くらい前に2名、半年前に1名、いましたね。彼らはこの地になじむことができたみたいです。二代目さんも一日も早くなじんでくださいね」
お姉さんがにっこりとほほ笑んで、登録証を差し出してきた。
「ん?」
「はい?まだなにか?」
「え、えっと、あの、俺のスキルとか、能力とか、レベルとか、そういうのは・・・?」
これで終わりとか聞いてないよ!ほら、あるだろ!異世界転生にはつきもののあれが!思わせぶりな装置もあるじゃないか!ほら、もうもったいぶらずにさっさと俺に差し出せ!
「すきる?能力?れべる?・・・えぇっと、ちょっとお待ちください、上司に聞いてきます」
戸惑ったようにお姉さんが席を立ち、上席へ向かっていった。
「え、嘘だろ?何もなし?いやいやいやいや、それはないわ、え、だって、あるわけないよね??」
俺はいささか混乱した。いや、いや、俺でもね?混乱することもありますよ。あると思っていたものがないんだから。誰だってそうなるでしょ?
まだ、慌てるような時間じゃない。多分、大丈夫だ。俺にはスキルがある。そうに決まってる。
「お待たせしました」
目の前に体格のいいイケメンが座っていた。市民課課長のトワさんというらしい。
「えぇと、うちの職員が勉強不足で申し訳ありません」
ほらね!!やっぱりさっきのお姉さんが知らないだけだったんだ!思わず鼻の穴を膨らましてしまった。
「いえ、そういうこともありますよね」
「えぇ、申し訳ありません、説明不足だったようです。再度私の方から説明させていただきますね。転生者の方で時々、スキルやチート、能力、経験値、レベルアップなどの単語を出される方がいらっしゃいます。いろいろな転生者の方から話を聞きますと、どうやらそういう概念、不思議な力というか、があるのではないかと考えていらっしゃるようで」
「え、えぇ・・・」
なんだ?なんか雲行きが怪しいぞ。
「それでですね、私共の国には、そのような制度はございませんので、ご希望に沿うことはできないというのが現状です」
「ま、まじかぁ」
「なんだか、そういう仕組みのある国があるとか?いずれの方も目をキラキラさせて話してくださるんですが、そのたびに私共は申し訳ない気持ちになってしまうんですよ・・・」
しゅんとした顔で頭を下げるトワさんに俺は力なく首を振った。
「いや、僕の勘違いだったようなので、ご迷惑をおかけしました・・・」
目をキラキラさせて・・・と表現されると、自分がものすごく恥ずかしくなるからやめろや。
「いえ、あの、これに失望せず、この国で幸せに暮らしてほしいというのが、わが国の転生者政策の根幹にありまして・・・大変心苦しいです」
・・・っなんだよ、この国の人間はみんないいやつかよ。
「そんな、大丈夫です。あこがれていた仕組みだったので、少し残念でしたが・・・」
俺がそういって笑って見せると、トワさんはほっとしたように微笑んだ。
「では、宿舎へご案内させます。支度金は5000カレス/日が7日分支給され、住居を決められたら、10年目の職員年俸1年分を一括で支給します。これからの1年の間にこちらでの生活基盤を整えてください。困ったことやわからないことがあれば、市民課の転生者政策担当がご相談に乗りますので、遠慮なくおっしゃってください」
「・・・はい、ありがとうございます。えっと、早速ですが、このあたりに服屋ってあります?」
「えぇ、ございますが、宿舎に簡単な衣服であれば置いてありますので、ご自由にお使いくださってかまいませんよ」
トワさんがそう言ってくれたが、俺はきりりと言い切った。
「身だしなみにはうるさい方なので」
その言葉に、トワさんは少し驚いた顔をして、宿舎近くの仕立て屋を教えてくれた。
「だいたい普段着1セットで4000カレス~10000カレスで作れると思いますが、仕立てには少し時間がかかるはずです」
「あ、外にはあまり出る気はないので大丈夫です」
「え?」
「大丈夫です」
「・・・は、はぁ」
とりあえず仕立て屋に行って発注してから、宿舎の部屋で「ステータスオープン」を叫ばなければならない。いまや、チートなし、スキルなしの異世界転生ものだってけして珍しくはない。だが、そういう場合は、個人特有のスキルがある場合がある。その可能性を模索するという重要ミッション、そう、再重要ミッションが俺にはあるのだ!
俺がそう思っていると、トワが革袋を持ってやってきた。
「こちらが本日分の5000カレスです。仕立て屋に行かれるのであれば、前金が必要になりますので、持っていかれた方が良いかと思います」
いやぁ、チェリトリいい、トワさんいい、この世界の人間は仕事ができるな!
「ありがとうございます、助かります」
俺が頭を下げて受け取っていると、頭上から爆弾が降ってきた。
「そういえば・・・ステータスオープン叫んでた転生者の方もいましたが・・・それも思ったような効果は得られなかったようですね・・・」
前言撤回だ。
おい、トワ。俺のわずかな希望をたたきつぶすんじゃねぇよ!!!